IRIDeS NEWs | 東北大学 災害科学国際研究所 IRIDeS

2018.1.26

津波工学・災害医学が協働で救命に取り組む

 

はじめに

 

2017年度、IRIDeSの越村俊一教授ら研究チームは、広域被害把握技術と災害医療を融合させる5年計画の大型研究を開始しました。発災直後、広範囲におよぶ津波の人的・物的被害をすばやく把握し、そこから被災地の医療救護ニーズを推定した上で、最善の医療体制を明らかにすることが目的です。南海トラフ巨大地震・津波が発災すると、圧倒的に医療資源が不足することが想定されます。人命救助のタイムリミットが迫る中で、一人でも多くの命を救うために、災害派遣医療チームはどう動けばよいかを、短時間で提案できるようにすることを目指しています。

 

 

 

研究チーム・IRIDeS主要メンバー。

左からマス・エリック 准教授、越村俊一 教授(災害リスク研究部門)

江川新一 教授、佐々木宏之 助教(災害医学研究部門)

集団災害医療学会の会場にて

 

 

 

きっかけ

 

越村教授は、2011年の東日本大震災直後、「通信網が途絶し災害情報が得られず、災害研究者でありながら、被災地の実態がつかめない」という、苦い経験をしました。それを契機に、コンピュータシミュレーション技術や人工衛星・無人航空機等によるリモートセンシング技術を利用して、発災後に被災地の全体像や被害程度を短時間で把握できる技術の開発を行ってきました。現在、津波発生後に実施されるリアルタイムシミュレーション技術は内閣府の被害推定システムとして採用・運用され、30分以内に津波被害を推定することが可能になっています。

 

しかし越村教授は、それらの研究を進めながらも、「被害の予測や把握は重要であるが、それだけでは人の命は救えない」と感じていました。「被害を把握する研究の現状は災害に対して“受け身”であり、ここから人の命を救う研究に広げていきたい。」

 

越村教授が、人の命を救うための研究とは何かを考えていた時、IRIDeSの江川新一教授、佐々木宏之助教(災害医学)らから、「災害派遣医療チーム」(DMAT)の活動について詳しく知る機会がありました。DMATは、医師・看護師・業務調整員らで構成され、平時に訓練を重ねておき、災害急性期に被災地に入り、被災者の命をつなぎ、「防ぎ得た災害死」を少しでも減らすための活動を行っています。佐々木助教はDMATの資格を持ち、熊本地震の際は、実際に被災地で医療活動を行いました。

 

越村教授は、津波工学と医学との連携研究は過去にはなかったが、今後、両者が協働すれば、「防ぎ得た災害死」を減らす研究が実現できるかもしれないと考え、医学部門の研究者らに共同研究を提案しました。学際的な災害研究所・IRIDeSにいるからこそできる着想でした。災害医学研究者から賛同を得ることができ、さらに、所外のDMAT実務責任者や、理学、空間情報工学など幅広い分野の研究者も加わって、総勢12名からなる研究チームが発足しました。

 

*「防ぎ得た災害死」…通常の環境・医療体制なら救命できたと考えられる死

 

 

特徴

 

 この研究が目指しているのは以下の通りです。

(1)地震発生後、まずは迅速に被害を予測する。被災地の物理的な被害から、人および医療機関が受けた被害程度を推定する。

(2)そこから、傷病者数、必要病床数、搬送者数、必要な医療資源等を推計する。

(3) 被災地の最前線に赴くDMATに、広域被害把握技術によって得られた被災地情報を伝え、その医療活動の展開を支援する。

(4) 同時に、DMATが、限られた医療・人員資源をどのように配分し、どう動けば、最も多くの人命を救えるかをシミュレーションにより解析し、DMATが最も効率的に活動できる体制を提案する。

(5)被災状況、物資提供状況など、刻々と変わっていく条件から予測情報と支援情報を更新していく。【図1】

 

 この研究の最大の特長の一つは、実際に災害医療の最前線で活動しているDMAT関係者が研究段階から参画していることです。現場の動きを研究に取り入れ、研究内容が現実に即しているか随時確認してもらいます。そして最終的には、DMATが現場で活動する際、研究成果を活用してもらうことを目指しています。

 

DMATは、発災直後、被災地について限られた情報しか得られていない段階でも、時間を費やすほど死亡者が増える恐れがあるため、可能な限り短時間で被災地に赴こうとします。これまでは、例えば「この道は通行できるのか、できないのか」など、具体的な被災地の情報を、DMAT隊員自らが現地で収集し、地図に落とし込みながら、医療活動を行わざるを得ないこともしばしばでした。しかし、この研究の結果、DMATが広域被害の情報を迅速に得られるようになれば、活動の効率が格段に上がり、本来業務である救命活動により集中できるようになります。

 

さらに、この研究は、DMATへの被災地情報提供だけではなく、DMATの動きのシミュレーションモデルの解析に基づき、「この条件下ではこの行動が望ましい」と導き出してDMATに提案できるようにするまでを目指します。

 

 【図1】研究体制

 

進捗状況

 

研究開始後、越村教授らは、まず、津波被害から病院被害を推定するためのモデル構築に着手しました。津波被害と、被災した病院を「即時復旧可」「1週間、1か月で再開可」・「撤退」、の数段階に分け、相関を明らかにできるようにするための準備を進めています。

 

徳島県におけるDMAT訓練の様子

2018年1月には、DMATの動きのモデル化に取り組むため、徳島県で実施されたDMAT訓練に参加し、災害医療活動の把握を行いました。大災害の発生時には、警察、消防、自衛隊、海上保安庁、医師、看護師、救急隊、ロジスティクス職員、県の災害対策本部など、数多くの人が、それぞれの役割で働きます。それぞれをシミュレーション上の「エージェント」と定義づけて、各自がどう動くか、お互いにどう関係しているか、エージェント同士は何をやり取りしているか等を正確に捉え、今後、「マルチエージェント・シミュレーションモデル」を構築していく計画です。

 

「DMAT訓練に参加し、資料や文献を読むだけではわからなかった現場の複雑な動きがわかりました。」このエージェント・シミュレーションには、さまざまな関係者の意思決定、傷病者の発見、トリアージ、治療または被災地外への搬送など、災害医療現場のリアルな現実を組み込む計画です。まずは現状の動きと、起こっている問題を含め、シミュレーションで再現することを目指します。次に、ではどうしたら問題が解決でき、効率よい活動ができるようになるかを、解明していきます。「災害医療の最前線では、救急・消防、医療、行政など、さまざまな職種の人がさまざまな本部・現場で、いろいろな意思決定をします。その無数の組み合わせをシミュレーションで計算するわけです。動きのばらつきも加味し、何百回、何千回と試行すると、平均像が見えてきます。失敗するのはどういう時か、どうすればその失敗を回避できるか、一番効率よく動けるのはどういう時かを、割り出すことができるようになります。」

 

DMATは、さまざまな災害対応で蓄積した経験則を持っています。これまでは、発災後限られた情報しか得られず,また状況が刻々と変わる中で、その都度集めた情報とこれまでの経験則を総合した判断に基づいて動いてきました。しかし、越村教授らの研究が進めば、DMATの活動に科学的な根拠を与え、よりよい活動体制や戦略を提案し、DMATが格段に動きやすくすることが期待されます。

 

 

今後の計画

 

 本研究は開始したばかりですが、今後研究チームは、被災状況モデル、DMATのシミュレーションモデルを、順次組み合わせていき、5年後に実際に運用開始することを目標にしています。「これまでのように、分析し、状況を把握する研究を、防ぎ得た災害死を減らす研究へと高めていきたい。実際に災害医療に携わってきた関係者と協働することで、将来の災害で使えるものを本気で目指しています」と、越村教授は話します。

 

 DMATの制度は、1995年阪神・淡路大震災で、被災地で迅速な医療行為ができず、救えたはずの多くの命を失ったことをきっかけに、発展を遂げてきました。上述のとおり、越村教授らの広域被害把握技術は、2011年東日本大震災を契機としています。災害大国日本で、被災経験を転じ、災害発生時の解決策を創出する努力が続いています。

 

 

 

 


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